日光東照宮の旅行その3です。
東照宮の表門を入ってすぐにある建物が神庫です。上神庫・中神庫・下神庫を総称して三神庫というそうです。
上神庫の屋根下には「想像の象」(狩野探幽下絵)の大きな彫刻がほどこされているとのこと。御用絵師狩野派にしてあの永徳の孫が探幽です。
見ざる・言わざる・聞かざる:日光の三猿
いよいよ、見ざる(見猿)・言わざる(言わ猿)・聞かざる(聞か猿)です。神の馬を繋ぐ神厩に描いてあります。日光東照宮には、多くの彫刻があるなかで、この三猿と眠り猫が有名です。
三猿だけでなく、8面の彫刻で一生が描かれています。
●御水舎
心身を清めるための場所です。ここにもふんだんに金が使われいます。
面白い形の灯篭的なもの。葵の御紋付きの綺麗な灯篭です。杉の木立に囲まれて何百年も前から立っています。
東照宮の陽明門
いよいよメインの門「陽明門」です。江戸時代には、庶民はこの門より奥に入ることはできません。
この陽明門は、様々な彫刻が施されています。霊獣や小動物・子供たちや古代中国の聖人君子が彫られており、戦乱の世を治め平和な世に導いた徳川家康が神となり平和を守ることを示しています。彫刻の意味
織田信長の築いた安土城なども壁画に聖人君子を描いたように、思想として類似していることが伺えます。
徳川幕府は、中国の儒教を重視し、道徳として広めました。それにより、主君への「忠」、親への「孝」が重視されます。負ければ一族の死を招く可能性のある戦国時代には、武士道の忠を薄いものでした。その中で犬よりも忠実な三河武士とまで言われた徳川家とその家臣たちは例外的にほとんど裏切ることのない忠実で武勇の誉高き武士団です。
唐破風下の神号額「東照大権現」は後水尾天皇の宸筆