乙なモノを愛した古田織部を主役にした「へうげもの」

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戦国時代の武将「古田織部」をご存知でしょうか?

織田信長~豊臣秀吉~徳川家康に仕えた武将兼任の茶人です。

武将としての功績は少なく、茶人としては、千利休の弟子として利休七哲・利休の最期を見送り、後継者として活躍した人物です。

古田重然(しげなり)=織部

古田 重然(ふるた しげなり、-しげてる)は、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将、大名。一般的には茶人古田 織部(ふるた おりべ)として知られる。「織部」の名は、壮年期に従五位下織部正(織部助)の官位に叙任されたことに由来している。千利休が大成させた茶道を継承しつつ大胆かつ自由な気風を好み、茶器製作・建築・造園などにわたって「織部好み」と呼ばれる一大流行を安土桃山時代にもたらした。出典:wiki

織部焼茶碗

その名前は、今も織部焼として残っています。このいびつな形・不思議な模様が織部の真骨頂です。甲乙の甲ではなく乙なものを愛した織部の美意識が表現されています。

へうげものと古田織部

山田芳裕氏による漫画作品。古田織部を主役に、戦国時代を描きます。

戦国時代といえば、政治や軍事が主流に見えますが、豪華絢爛な安土桃山芸術の時代でもあるのです。

狩野永徳・長谷川等伯・本阿弥光悦・千利休・小堀遠州そして古田織部など、全国的な産金ブームと南蛮文化や朝鮮文化の刺激を受け、多くの芸術家が生まれた時代。

至高の美とは何か?わびとは?乙とは?オリジナルの美とは?、古田織部を主人公に戦国時代の美と美意識を描き出す傑作です。

へうげものは、マンガですから、小説や本より読みやすく、歴史に詳しい人・詳しくない人も楽しめ、「業」深き男、千利休に絡んだエピソードは、日本の美・人の業・欲の行き着く先をまざまざと見せつけます。

長谷川等伯と狩野永徳そして秀吉と利休

●長谷川等伯の松林図屏風

松林図屏風

●狩野永徳の檜図屏風

檜図屏風

この二枚は、戦国屈指の天才画家二人の絵です。

●かたや霧にけぶる松林を描いたはかない屏風。

●一方は、生命力あふれる檜を金で装飾した豪華な屏風。

描いた時期の違いもありますが、二人の天才が突き詰めた部分は、豪華で華麗な美を求めた秀吉と侘び寂びを求めた千利休の対立を見るようで興味がつきません。

山本兼一氏の小説、「利休にたずねよ」で師の利休は言います。

「わたしが丸い釜を使ったなら四角い釜を使ってこそ茶人。人真似などおもしろくもない」その言葉に感じ入った古田織部は師匠と違う道を行きます。

そして、同じ弟子の細川忠興は、こういわれてしまいます。「お前のはただのまねごとだ」「忠興殿の茶は、私の茶のままですから、のちの世には伝わりますまい。数寄とは人と違うことをすること。古田殿などは、私の茶とずいぶん違いますから後の世に残るでしょう」

  

へうげものの魅力

へうげもの最大の見せ場は、利休が秀吉を使って天下を取らせ、その後、美に対しての考え方の違いから対立し死に追い込まれていく場面です。

その過程では、秀吉・利休双方と親しい古田織部が存分に葛藤します。


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